時代を超えて歌い続けられる名曲

リーグ4連覇のかかった今年のカープは、開幕から他チームに完膚なきまでにヤラれる日々が続いた。
開幕戦こそ完封勝ちしたものの、その後の12試合の成績を合計すると<32-75>というダブルスコア以上の負け方で、中には「0-9」「1-10」「3-15」という 高校野球の地区予選ならコールド負けのような不甲斐ないゲームすらあった。

在京のニュースなどでも この異常事態を報じていたくらいだから、地元・広島の新聞紙面などは かなりなものだっただろうし、お好み焼き屋や居酒屋などでは毎夜 くだを巻くカープファンが さぞ多かっただろうなと思う。

 

しかし、その後 少しずつではあるが しっかりと立て直し、ここ数試合ではあるが4連勝、それも”勝ち方を知っているチーム”らしい勝ち方をしている。
勝負事の歯車は、一度ズレると泥沼にハマるまで崩れてしまうが、それが何かの拍子にガチッと噛み合うと こんなにスムースに勝てるものなのかと驚くくらい 今や『強いカープ』である。

 

 

そんなカープ連勝ニュースの陰から そっと顔を出すように、有馬 三重子さんのお名前がネットニュースに掲載された。

 

作詞家・有馬三恵子さんと聞いて、それでスグにピンとくる方は多くないかもしれない。
でも《それ行けカープ〜若き鯉たち〜》や《勝て勝てカープ》と聞けば、カープファンで知らない者はいないと思う。

1975年の初優勝した年に発売されたレコード《それ行けカープ〜若き鯉たち〜(B面 / 勝て勝てカープ)》は、中国地方だけで30万枚を超えるセールスを記録し、初優勝後には<ヴィクトリー・カープ>も発売された。
これらの作品は、すべて 有馬三恵子さんと作曲家・宮崎尚志さんのコンビによるもの。

 

そんな有馬三恵子さんの代表曲として一番に挙げられるのが<小指の思い出>なのだが、オレがおそらく物心ついて最初に聴いた歌が 《それ行けカープ》、そして次に聴いた歌がコレだったと思う。(発売から考えると順序は逆なはずだが、そこは広島県民なので・・・笑)

https://youtu.be/g4DcV-vfhY4  南 沙織 / 17才

 

この歌は、その後 森昌子さんや桜田淳子さんがカバーされ、アルバムに収録されたのだが、発表から18年経った89年に森高千里さんのシングル曲として再度 注目された。
(このシングル「17才」のc/wが なぜ<20才>という曲だったのは謎なのだけど)

そして2008年に銀杏BOYZがカバーしたり、最近でもアイドルグループがカバーしたりと、47年間に渡って多くのアーティストやリスナーに愛されてきた歌。

 

そんな時代を超えて歌われ・愛され続ける名曲を数多く世に出されてきた有馬さんだが、2019年シーズン、なかなか不甲斐ない試合ばかりだったカープが ようやくまとまってきて、連勝し始めた矢先に お亡くなりになられた。

 

カープが25年ぶりにリーグ優勝した2016年の1年前、まだBクラスだったが黒田投手がヤンキースから広島に帰ってこられた際に「オレらも 何か応援できないかな」とカープファンの音楽プロデューサーやエンジニアと CarpLovers+(カープラヴァーズプラス)というユニットで カープ応援歌のピアノカバー曲制作に着手した頃から 有馬先生や宮崎先生の歴史を一層 深く知ることになり、このユニットで作ったアルバム【CARP SOURCE〜ジャズピ味〜】がビルボード国内チャートのTop10入りしたり、大手通販サイトのランキングでも3部門で1位にならせていただいたことなどから 続編の制作もすることになり、計二枚のアルバムで 有馬先生・宮崎先生コンビの作品を大変多くカバーさせていただいた。

代表曲でもある《それ行けカープ〜若き鯉たち〜》は、<Love CARP ver.>としてオレ自身も
ガッツリと編曲させていただいている。
https://www.amazon.co.jp/それ行けカープ-Love-Carp-ver/dp/B0778Z4HBP
(このver.は、在広のスポーツ番組やカープ報道などで本当に沢山 BGMとして使っていただき、現在も使っていただいてるそうで、在広局の皆さまには感謝しかないです)

 
千葉の方にお住まいで、でも マツダスタジアムにも足を運ばれて応援されているということは 人づてに聞いていたが、出版社経由でご承諾や許諾をいただいていたので、とうとう最後まで手渡しでアルバムをお渡しすることが出来なかったのだが、毎回 快くご快諾くださり、いつかお会いしたら ちゃんとお礼を言わねばと思っていただけに、有馬先生のご訃報は残念でならない。

明日で生まれてきてから50年、丈夫に産んでくれた親には もちろん感謝しているが、小学校1年生だったクソガキが赤いキャップを被り、滑り台の上で「カープ♪ カープ♪」と口ずさんでからの40年以上、まさか自分が将来 先生の楽曲を触らせてもらうことになるとは思ってもいなかった。本当に感謝しているのです。

 

有馬先生、
先生の書かれた詞、描かれた光景は、これからも広島の人たちの心に、そして広島の街にずっと流れていくと思います。
そして また、CarpLovers+として、大事に大事にカバーさせていただきたいと思っています。

ご冥福を心からお祈りいたします。

 

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いつのまにか満開になってた桜に気づき、かき醤油味の付いた広島のりを巻いたのと [旅行の友] をまぶした 朝メシ代わりの握り飯を持って隅田川沿いへ出かけた。
新しい元号が発表になるという前日だからか、やはり花見シーズンだからなのか、例年にも増して賑やかな川沿いの桜の根元に腰をおろした瞬間、ようやく<3月>から解放され、少しだけ背負っていたものを降ろせたような気になれた。

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昨年1年間のほぼ毎日 ずっと向き合わせてもらっていた映画の公開に合わせて、熊本と広島の舞台挨拶に監督や役者さんらと同行させていただいた。
色々なご縁をいただいている熊本だが、初めてお邪魔した立派な劇場では大変手厚いおもてなしを受け、上映後に劇場に入ると 見知った顔も多かったのだが、その殆どの方の眼から涙が溢れているのを見て 心から有難く思った。

広島の劇場は公開3日目だったが 満員で、万雷の拍手の中で舞台挨拶が行われ、その熱量が上映中に どのように変わっていくのか どうしても見たくて、劇場の方に無理を言って席をご用意いただき、来場されてたお客さんと一緒に観させていただいたのだが、エンディング・ロールが流れ始めたあたりで 隣にいらっしゃった俳優の眼 鏡太郎さんは声をあげて泣いてらっしゃった。
約1ヶ月間、南大隅町で合宿生活のような撮影を経て、こうして超満員のお客さんの熱を目の当たりにしたことで その感激も一入、”冥利に尽きる”とは こういうことなんだとお感じになられたらしい。
[ カメラを止めるな] など、ヒット作品にも多くご出演されてる 脂のノった役者さんだが、そんな人ですら感激してしまうほどの劇場内の熱量を感じれたことは オレ自身にとって とても大事な経験になった。
眼さんのお陰で オレは泣くタイミングを完全に外してしまったが (笑)、眼さんの涙は とっても綺麗な、そして責任感のある涙だった。

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都内に戻り、2週間ほど籠ってデモを仕上げてからは ひたすら採譜の日々が続いた。
2年ぶりとなる【ザギンdeユーミン】が銀座TACTという由緒あるライヴハウスで開催されることになり、十数曲の上モノの音を拾ってはリアレンジしていく・・・という作業は 一朝一夕・右から左に出来るような簡単なことではない。
が、細野晴臣さん・松任谷正隆さん・佐藤博さんらが40年前に組み上げられた編曲のイメージをトレースさせていただける機会なんて そうそう無い。
なかなか大変な作業だったし 本番前日に使う予定だったシンセが いきなりブッ壊れ、BANKデータなど全てフッ飛んでしまうという頭真っ白・衝撃的なこともあったが、ライヴは超満員、とても楽しくやらせていただいた。

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Photo by Tokiya Utanaga

 

「3月もあと5日ほどで終わる、残りの日々は 作業場の片付けなどもしながら 少しゆっくりして新年度に臨もう」と思っていた矢先、療養中だった知人の訃報が入った。
46歳、まだまだ これからが人生本番という中で、ご本人も頑張ってらっしゃったのだが、容体が急変して そのままお亡くなりになった。

月に一度 プレイさせていただいてた渋谷のクラブのキッチン・チーフだったのだが、彼女の作るフードは 何を食べても美味く、そして目立たないように手の込んだ料理を作る名シェフだった。
どセンターにヴォーカルがいて、オケの出入り・パンの振り方などの定位感が とってもよくまとまってる音を聴いてるような、・・・そんな音楽的な料理を作れる数少ない人だなぁという印象をオレは持ってた。
ご主人もDJだからか、選曲や繋ぎにも非常に敏感で、プレイを終えてバーカウンターに行くと キッチンから出てきて「サイコ〜」とサムズ・アップしてくれた日にゃ、嬉しくなって その後のオレの酒量は自然と増えるのも当たり前w、今でも”亡くなられた”という気がしない。

 

でも、・・・でも、隅田川沿いにしゃがんで 握り飯を片手に キラキラ光る水面を見てたら ふと「桜の時期になると彼女のことを思い出すようになるんだろうな」と、思った。

 

 

なんだか 色んなことがあった3月が終わった。

 

平成という時代が終わろうとする間際に、いろんなものを背負わせていただいたような気がする。
喜びや悲しみ、腹の底でグッと抑えた怒りや どう感情で表現すれば良いのか分からないようなこともあった。そして、色々な”表情”もたくさん見せていただいた。
この1ヶ月に感じたり見たりしたことだけでも、自分自身の情緒が随分と豊かに・幅広になるのではないかと意識してしまうくらい。
色んな意味で 豊かな日々を過ごさせて貰ったのだと思う。

 
さて、己に出来ることを精一杯、そして出来るか出来ないかスグには判断できないような高いハードル越えもガムシャラに、
ここから またギアを1段階も2段階もあげて、もっともっと強く進んでいきたいなと思うのです。

 

新たな時代の幕開け、令和元年も どうか宜しくお願いします。