”やらない偽善” より ”やる偽善”

地元が、そして西日本が大変なことになった。
報道では「豪雨による水害」と言われているが、もはや水害で片付けられるレベルではない。
200名を超す方々がお亡くなりになり、今も7千人以上の方が避難生活を余儀なくされている。自然の猛威という言葉だけでは済ませられない、やるせない思いを抱いている方々が本当に沢山いらっしゃる。

地元である呉市は、周りの地域から繋がる道路が土砂崩れで全て潰れ、陸の孤島と化した。
水は止まり、食料品などはあっという間にスーパーやコンビニから消え、その後の物資の流入も途絶えた。

人口20万人ほどの大きくない街で、急な坂道が多くて高台に住む高齢者が多いということもあり、給水所まで行けない方のお宅は水が手に入らず、大変な状況になっていた。
もちろん年老いた両親が二人で暮らしているウチの実家も同様で、お袋に電話したら「もうしょうがないね。このまま二人で死んでもいいねってお父さんと話をしている」と言う。が、しかし道路が全て遮断され、オレが助けに行くこともできない。

 

そんな家庭が、たった2日ほどで何万世帯も出ていたのだろう。
民生委員をされている同級生のお母様が、役所に その現状を知って貰い、なんとかできないかと電話したのだが、”けんもほろろ”な対応をされたらしい。
こんな大きな災害が起きるなどとはお役所も思っていなくて、相当テンパっていたんだろう。

お役所の応対した職員の対応や、ご自身の無力さに よほど腹が立たれたのだろう、オレの同級生である娘さんに電話して、その憤りをブチまけたらしい。
その娘さんも広島市内から実家に帰れない状態の中、お母さんのお気持ちを知ってどうしようもなくなり、SNSで友人相手に少々愚痴ったのだった。

 

彼女の投稿した文章を たまたま読み、すぐに彼女に電話した。
オレ自身も、地元に帰れない状況に悶々としていたし、何かを変えたいという思いがあった。

・・・2時間近く話しただろうか、広島市内にいる彼女と都内にいるオレ、その二人で とにかく動いてみようということになった。
彼女と電話で話している中で、オレ自身が石巻や女川、そして熊本にお邪魔させていただいて経験させて貰ったことが とても大きな経験として自分の中にあるということにも改めて気付いた。
「どこにおっても(いても)、何かできるじゃろ!」

 

彼女は地元の同級生に連絡を取って協力を募り、オレはポータルサイトを運営している友人などにも協力を頼み、情報をSNSでとにかく発信しまくる。
「広範囲で断水の続く呉市では、坂道の多い地域がかなりあり、給水所まで行けないご高齢者の方が大変に苦しい思いをされている。本当に少しでも良いので 給水所から民生委員さんのお宅までお水を運ぶ力を貸して貰えないだろうか」という内容を、出来るだけ分かりやすく、そして簡潔に伝えようと心がけた。
もちろん、他の地域でもお困りの方が沢山いらっしゃるので、動いていただける方は近くの民生委員さんに是非 提案してほしいということも忘れずに書き加えておいた。
本陣は、民生委員をされている彼女の実家にした。

「同級生のお母さんが子供に話したら、”学校も休みだから明日から行く”って言ってくれたらしくてね、すぐに自ら友達に電話して、あっという間に20人くらい明日来てくれることになったんよ!」と、彼女から嬉しそうな連絡が入った頃、オレが投稿したSNSは あっという間にシェアが100近くまで伸びていた。
普段からSNSは利用しているが、700人を超える人と繋がっていても、SNS上でやり取りしてるのは100人前後、おそらく その普段から繋がっている方々がスグにシェアしてくださったのだろうと思っていた。

 

シェアが100件を超えると、急に名前も聞いたことのない方々のシェアが目立つようになってきた。
プロフィールを覗きに行くと、全く知らない方々で、全国各地や海外の方までいた。
本当に有難い。

また彼女からの電話が鳴る。
「さっき話した同級生のお母さんも呼びかけてくれて、数が増えてるんだけど、ウチの母親にぜんぜん連絡がつかないんよ」
後で知ったのだが、その頃 彼女のお母さんは、あちこちから掛かってくる「是非お手伝いしたい」という電話が鳴りっぱなしで、連絡先として掲載した固定電話の前から 夜まで全く動けなかったらしい。
改めてSNSの持つパワーを知った。

 

翌日、
市内の和庄小学校に集まった方々は中高生約100名、保護者の方々を加えると大変な規模になり、機転を利かせたお母さん(同級生と電話で連絡を取り合ってた方。この方がまた凄いんだわ)のファインプレイで、急遽 隣町の小学校給水所にも分かれて行き、10チームが高台のご高齢者のお宅 百数十軒に水を届けた。

2リットルの水1本は2kgと決して軽くはない。
その水を一人が何本も抱え、坂を登り下りするのは、かなりな重労働だ。
中学生だと2往復強、高校生でも3〜4往復もすればヘトヘトになる。また炎天下だから熱射病の恐れもある。
そんな過酷な重労働を中高生が一生懸命にやり遂げられたと聞いて、胸が熱くなった。
オトナであるオレが、その場に居られないことを本当に申し訳なく思った。

彼らの頑張りを聞いた自治会長も登場し、彼ら全員にかき氷を振舞われたそうだ。
出来たら水の1本でも運んでいただきたいなぁとは ちょっと思ったのだが(笑)。
でも、とにかく この<ウォーター・ボーイズ&ウォーター・ガールズ>の活躍が、様々な大人たちの背中を押したことは間違いない。
SNSに投稿したレポートを目にした他地域でも、同様の行動を起こされる方々が出始めた。
なんと、今日現在では市内のあちこちの地域でご高齢者のご家庭に水を運ぶ方々が増え、役所にも水を受け取りに行けない方々に対応する専用ダイアルまで設置された。
差し障りがあるといけないので詳しくは書けないが、とある国家公務員の方々も「ぜひお手伝いしたい」と上職の方から 同級生の彼女の友人であるお母さんに連絡が入ったりもしているそうだ。

 

同級生がSNSにあげた小さな小さな叫びが、そして自ら率先して水を運んだ中高生の方達の小さな一つ一つの手が、これだけ大きな結果に繋がるのを少しだけお手伝いさせて貰って、「呉って本当に良い街だなぁ」と感じた。
この未曾有の災害の真っ只中にあって、これだけ他人のことを考えられる・思いやれるって本当に凄いことだなぁと思うのです。

 

 

しかし、その反面、SNSで繋がる人たちの無関心さや 災害掲示板に投稿する方の無責任さが目につくようになったのも確か。
オレのSNSで言えば、600人近くが”サイレント・マジョリティー”としてご自分の位置づけをされてるのかもしれないが、それって マジョリティでも何でもなくって、ただの傍観者でしかない。

SNS上の統計理論で言えば、今回オレが投稿した記事2件は、3万人を超える人が見た計算になる。しかし実際にご協力くださったのは、その「76.9分の1」程度の方々。
他の方が投稿されている災害情報の記事なんて、とっても有益な情報だったりしてもシェア数は多くて30程度。「あんたら、人のために指先1本も動かんのかい!」と言いたくもなる。
しょせん、『対岸の火事』なんだろう。

 

《やらない偽善より、やる偽善》
この10年の間に、こんなに多くの災害があって、多くの日本人が大変な目に遭っても、この言葉が全く浸透しない風潮を実に残念に思う。
いや、もしかしたらSNSでは動かないが 莫大な寄付をしようと考えられてるのかもしれないし、誰にも見えないところで大きな貢献をされてるのかもしれない。

だったら、「今日は⚪︎⚪︎さんと こんなに美味しいお肉を食べました〜」や「仕事が休みで⚪︎⚪︎に来てめっちゃ酔ってます!」な投稿は、もう少し時間が経ってから「ちょっと前に⚪︎⚪︎でした〜」のほうがいいように思う。(お前にカンケーないだろ!と言われりゃ それまでなんだけど)

”やる偽善”の方にカテゴライズされるかもしれないけど、災害が起こると すぐに出てくる「チャリティで歌を歌います」という御仁たちも ちょっと考えた方がいい。今はそれ以外に出来ることが間違いなくあるはず。
「ライブでチャリティ・グッズを販売します。その売り上げの一部を寄付します」って言いながら自分の名前の入ったグッズを売るのもダメ。そんな事すらも分からない人に、他人の心を打つような歌が書けたり唄えたりするはずもない。

 

まぁ、そんなこんなで、ここ数日の間に色んなことがある。
明日からも また色んなことがあるだろう。
オレ自身、まだ地元に行けてないから、人のことを とやかく言う資格はないのかもしれないけど、ようやく昨日未明に国道31号線が復旧し、広島市内から地元に入れるようになり、これで物流も少しは変わってくると思うので、スーパーやコンビニに商品が余るくらいになれば、スグに帰ろうと思ってる。
それも、過去に色んなところにお邪魔して経験させて貰って知ったこと。

それまでは、どれだけ悶々としようが、どれだけ気持ちが焦ろうが、今の自分にできることを一生懸命やらせて貰おうと思っている。
それが「偽善だ!」と言われても上等、「偽善で何か悪いすか?」くらいな心の持ちようで、現地で動いている人たちのお手伝いを喜んでさせて貰うつもりだ。

 

さて、最後に<ウォーター・ボーイズ&ウォーター・ガールズ>の活躍の様子を見ていただきたい。
給水所で朝から夕方まで交通整理をして、今や「交通整理のエキスパート」とまで呼ばれるようになった保護者のお母さんも素敵だ。

 

 

このたびの水害で被災された本当に多くの方に心からお見舞い申し上げます。
そして、その水害の犠牲となり亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りいたします。