Memorial Tour

「7月末までにアルバム曲を4曲仕上げる!」というノルマを自分に課した。
個人事業主、サボろうと思えば幾らでもサボれるし、自分の首なんてカンタンに締めることができる(笑)。
毎日 作業場には居るが、日々色々と、そして細々とやらなければならない別作業や仕込みなどもあり、目標などという甘っちょろいモンではなく『ノルマ』『マスト事項』にしてしまわなければ、自分で作った締め切りなんぞヌルヌルと破ってしまう(苦笑)。

 

で、必死に頑張ってたのですが、なかなか手こずり、ようやく1曲目を仕上げた頃…。
パラパラとスケジュール帳をめくってて、思わず声が出てしまうくらい青くなった。

・・・あ、・・・明後日から旅行じゃん。。。(撃沈)

 

 

 

 

昨年の春に起こった熊本大地震、その後に震災の疲労も祟ってか お亡くなりになった方と約束していたのが「良くなって、旅行に行きましょう!」ってこと。

その後、快方に向かわれることなくお亡くなりになったのだが、その方の一周忌の前に どうしても約束していた場所へお連れしたいという想いがあって、一周忌まで1週間ほどのタイミングで、 南の、そう大きくない島へ旅に行ってきた。

 

約10時間をかけて辿り着いたその島は、オレにとっては4年ぶり、3回目。
変わらない海の色、ホテルのコテージ風の部屋から見える景色も あのときのままだ。

前回は、スマトラ島沖地震から ちょうど10年目というタイミングで来たのだが、それから4年経って 以前よりもっと観光色が増した以外は ほとんど変わらない。
毎回 滞在した折には行きつけにするレストランのいつもの席も、レンタルしたバイクで走ると聞こえる風のアノ感じも。

 

でも、一つだけ違うのは、何処へ行くにも その方が笑っている写真と一緒に出かける・・・ということ。

 

 

朝食を食べ、バイクで下の町や隣町まで買い物に行き、プールで泳ぎ、ベランダで陽が沈んでゆくのを眺めたら、また下の町で夕食をとり、部屋に戻って寝る。
ツアーでもないし、観光地にも行かず、そう大きくない島の中の、小さな町で 静かに、そしてゆっくりと時間を感じながら過ごした5日間だったが、本当に楽しかった。

 

この島に着いて3日くらいまでは、日本に置いてきた面倒なことやナーバスになるようなことも気になってたし、心の底からリラックスは出来ていなかったりしたのだけど、ベランダから町を眺めていた ふとした何かのタイミングで、憑きモノが落ちるようにスッキリと前が見えた気分になってね、「オレはオレでいいんだ」とハッキリ開き直れるようになったし、あれだけ練習しても上手くなれなかったドルフィンキックも いきなり出来るようになったし(笑)、空港に向かう頃には 心がとっても軽くなったような気がして、元々は追悼旅行ってカタチで企画したのだけど、逆にオレにとっての memorial tour になったような気がするのです。

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ただ、南国の日差しを またナメてた(苦笑)。
バイクで片道1時間の道のりを走っただけなのに、帰ってきたらヤケド状態。。。

雨季のはずなのになぁ。
雨、ぜんぜん降らなかったし。(スコールも1度もなかった)

 

もう ヒーフーがボーロボーロです(笑)。

 

 

 

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だったら、来年!!

昨年の夏以来、久しぶりに石巻にお邪魔した。
熊本でお世話になっている祭りの会の皆さんが上京されるタイミングで 石巻まで足を伸ばしたいとのことだったので、そのアテンドも兼ねて同行することになった。

 

到着初日は 石巻市内の様々な中学校の先生方との晩餐。
現在は あちらこちらの中学校に赴任されてる先生方だが、あの震災直後の女川第一中学校で当時の生徒さんと一緒に日々を生き抜いてこられた方々である。

そんな、先生方と集まる日が、震災からちょうど6年3ヶ月経った日だったというのも何かの縁だろうなと思う。

 

翌日は、チーム熊本の皆さんを 日和山公園〜荻浜中学校〜女川町〜旧大川小学校へお連れして別れ、オレは昨年のNコンに出場した荻浜中学校の卒業生や そのご父兄の方々との会食。

卒業から たった数ヶ月しか経っていないのだが、高校生になった彼らが少し大人びて見え、こちらの方が少々照れくさくなってしまうくらい成長しているのが見てとれる。
当時はモソモソと 口の中にこもるように話していた彼らだが、久しぶりに会うと語尾までしっかりハキハキ話すようになっていて、”あぁ、これが成長するってことなんだなぁ”と感動を押さえきれなかった。

 

 

昨夏に塩竈市で開催されたNHK全国合唱音楽コンクールで、石巻市立荻浜中学校は、全校生徒16人で出場した。
他の中学校は合唱部やコーラス部で参加されてたのに対し、「全校生徒で」という主旨に心を打たれ、康 珍化さん作詞・都志見 隆さん作曲の【秋日傘】という被災した町の風景を切り取った素晴らしい作品をオレが混声6部合唱にアレンジさせて貰い、そして歌唱指導としても参加させて貰ったのだが、コンクールという場において言えば、生徒さんの努力や力量が発揮できたとは決して言えない結果だった。

 

そんな少々苦くて酸っぱい想い出から10ヶ月経って皆さんにお会いしたのだが、お父さんやお母さんたちから【秋日傘】の話をたくさん聞かせていただいた。

初めて曲を持って帰ったときの生徒さんの表情のこと。
家族で「ここはドコの町なんだろう?ウチで言えば誰だろうねぇ。。。」などと毎日話し合ったこと。
歌詞の意味をスマホ片手に居間で家族みんなで調べたこと。
家族全員が色んなパートを練習して覚えたが、いざ一緒に家で合唱してみると酷かったこと(笑)、など。

そして皆さん口々に「中学校3年間で、こんなに真面目に、必死に頑張った子供を見て嬉しかった」と。

 

「山元さん、またやりましょうよ!この歌を歌うことや 合唱に一生懸命に取り組む経験は、子供たちにとって絶対に必要だと思うんです。今年も【秋日傘】、やりましょうよ!」
・・・少しお酒も入ってきた頃、お父さんたちと同じテーブルで飲んでると、お父さんから そんな言葉が次々に出てくる。

実は、会う数時間前に 彼らの母校である荻浜中学校にお邪魔した際に、校長先生から「生徒数も減ったし、様々な学校行事との兼ね合いで 生徒の体力も持たないと判断して、今年はNコンに出場しない・合唱もやらないことにしたんです」と聞いていたので、その旨をお話すると、
『だったら、来年!!、来年絶対にやりましょう!!PTAも総動員してやりますので。来年は絶対にやりましょう!!』と、まだ在校生を持つお父さんから かなり熱のこもった言葉が出るとイッキにテーブルを囲むお父さんたちの言葉がアツくなったのです。

「Nコンに出るだけが全てじゃないと思うんです。文化祭でもいい、とにかく この歌を子供たち全員で歌うことが大事だと思うんです」という言葉を聞いたときには、涙が溢れるギリギリでした。

 

あのNコンで、出場した生徒さんの力量すべてが発揮できなかったのは 自分にも大きな責任があると ずっと思っていたのだけれど、お父さんやお母さん、卒業生、当時の担任の先生、昼間に会った校長先生や在校生からは 前向きな言葉ばかりで、そんな言葉を貰えて、やっと何か肩から重たいものが取れたというか、よし!だったらオレも また頑張らないと!という気持ちがふつふつと湧いてきて「やりましょう!」と返事をさせて貰ったのでした。

 

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この日、石巻市内の中華料理屋さんに集まったのは、卒業生とそのご父兄全員。
大事な学校行事以外で こんなに全員が集まられることは、ほぼ無かったそうで、この日お会いできた皆さんに心から感謝しています。

 

その後に みんなで行ったカラオケボックスでは、お母さんと『ふたりの愛ランド』をデュエット(笑)。

ふたりの愛ランド / 石川優子&チャゲ

こんな経験、生まれて初めてです。
でも、とっても盛り上がる皆さんの顔を見てると「こうやって みんなが盛り上がれる曲を書きたいなぁ」としみじみ思ったのです。

 

お父さん、お母さん、卒業生の皆さん、そして当時の先生方、
言葉にすると とってもチープになってしまうかもしれないけど、本当に楽しくて楽しくて 素晴らしい時間でした。
ありがとうございました!