風化

6年目の3.11が終わった。
1週間ほど前からキー局のTVなどでは震災関連のニュースが流れていたが、翌々日になると不思議なくらいピタリと報じなくなり、代わりに大阪の小学校理事長の映像やコメントが毎日のように流れる。
国会では、その小学校の土地取得に関して国会議員も絡んだ不正があったのではないかという野党の追及や質問の映像ばかり(野党の皆さん、おたくらが与党の時にはいろんなことやってましたよね?)。

お隣の国の大統領罷免や、はたまた そのお隣の国のロイヤルファミリーが暗殺されたニュースなどを報じるのは仕方ないとして、もっと伝えるべきニュースはあるような気がする。

 

昨年、”震災から5年目”として、何か節目でもあるかのようにワサワサと なんでもかんでもニュースにしていたが、オレ的に言えば この<6年目>の方が大きな節目に感じてる。
震災のすぐあとに小学校に入学した子たちが卒業、中学校に入学した子らは高校を卒業した。

震災後に女川中学校(元・女川第一中学校)に入学した当時の新一年生と共に作らせて貰った『空(おもてなし武将隊JAPAN, 作詞:Satomiさん、作曲:都志見 隆)』という作品がリリースされてから5年という月日が経ち、その曲を一緒に歌ってくれた彼らは この春に晴れて高校を卒業した。
進学した者、就職した者など様々だが、彼らがまた一つオトナへの社会の階段を昇ったのは間違いない。
統合されて女川中学校という名になった学校の、第1号卒業生となった彼らのうちの一人が、FBにこんな投稿をしていた。

「東日本大震災から6年。この6年はとても早かったように感じています。
小学6年生のときに震災にあい、そこから6年、中学高校を卒業することが
できました。
なにもなくなってしまった私たちに支援してくださった方々、津波対策の活動
をテレビやラジオ、新聞、インターネットなどで広めてくださった方々に本当に
感謝しています。
最近では震災の風化という言葉もよく聞くようになってきました。その風化を
防ぎ、また同じような被害を出さないためにも、私たちにはまだまだやらなけれ
ばいけないことがあると考えています。そのため、高校を卒業し社会人や大学生
となる私たちはこれからも津波対策の活動を続けていきたいと思います。」

 

日本のオトナたちよ、たかだか17歳だか18歳の若者に こんなことを言わせてしまう世の中って どうなんだろうか。
そりゃ誰もが 今 自分の目の前の”生きること”に精一杯なのは分かる、分かるんだけど 「ナニか違うくないか?」

日本国民の防災意識ってのは、震災を経験した彼らだけが、広まるように常に動いていかねばならないことなのだろうか。
今すぐ命に関わることではないクソしょうもないニュースを報じてる関係者のうちの何%くらいが、震災当時から今に至るまでの現地の人の営みをご存知なのだろうか。

 

3.11は、何かメモリアル的な<イベント>なのではない。
あの日 14時46分に起きた自然の脅威が、常に誰しもの隣り合わせにいることを忘れず、そして亡くなられた多くの方々のご冥福を祈るとともに、「今も現地で生きていってる人」の気持ちを汲み取って「自分にはナニができるか?自分がその立場だったらどうなのか」を考え、改めてまた1年の防災意識の指針とすべき日なのではないだろうか。

 

”生きること”と”生きてゆくこと”は 全く別物だ。
震災をご経験された多くの人から オレはそれを教えられた。

「大きな地震が起きたら、津波警報が出たら、まず高台に逃げなさい!」
・・・この言葉を、今もずっと伝え続けている方々の想いを、これからもずっと汲める人間でありたいと思う。

 

『風化』という言葉を報じている側が、その”風化”の先陣を切っている気がしてならない。

 

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