四半世紀

友人の作曲家・Shifoの作品に『25年ぶりの手紙』という名曲がある。
歌詞自体が実際に25年ぶりにクーペさんという方の娘さんから届いた手紙に対する返信で、非常に心のこもったものだから、心の最奥をグッと掴まれるのだが、その詩をしっかりと引き立たせるShifoのソングライティングが光る作品。
15年ほど前に この作品が世に出ると、様々な場所で大きな反響がおき、そしてShifoやクーペさんを取り巻く環境でも色んな現象もあったと聞いている。

 

25年・・・四半世紀というと、とっても長い時間ではあるのだけど、何か人とひとが再会したり、また何かが始まりそうな予感があったりみたいな不思議なサイクルのようなモノがあるんだろうな。
つい最近のBOSSのブログにも、25年前に書いた作品の関係者の方々と再会し云々・・・なことが綴られていたし。

 

実はオレも、数日ほど前に25年ぶりの再会をしてきた。

遡ること29年、バブル絶頂期の頃。
その当時のオレは、あの時代に一世を風靡したディスコ(死語だな、もうw)で働いていた。
DJ見習いとして、今じゃありえないが「無休・無給」でレギュラーDJを目指してた同列の若者が13人ほどいて、オレもその中に。

ボディ・コンシャスの派手に着飾った女性たちや、大きめのダブルのスーツに身を包んだ男性が、キラキラと光る店内で遊んでいるのを横目に見ながら、昼の1時から朝方5時くらいまでDJブースの外に齧り付き、朝方のコンビニでバイトをして数時間仮眠したらジーンズ屋のバイトに行く・・・という生活が半年ほど続いたのだが、13人の見習いの真ん中くらいにいたオレだけが、運良くレギュラーに引き揚げられ、その後 3年半ほど、イヤというほど曲を聴き、そしてプレイさせて貰った。

その時代にディスコで遊んでいた方たちも40代後半から50代になり、時間にも生活にも余裕が出てくる年齢になったのだろう、先日 広島で、当時のスタッフをはじめ西日本地区の取締役などもほぼ全員集まる『MAHARAJA SPARKLING NIGHT』という、現場に行って驚いたくらいド派手なイベントが開催され、オレはDJとしてプレイさせて貰ってきた。

 

25年ぶりに再会した皆さん、とっても良い年齢の重ね方をされててね。
そして、今をしっかりと生きてらっしゃるなぁと。

そのお一人おひとりに色んなことがあったのだろうけど、ミラーボールやムーヴィング照明が煌めく空間では、当時の若者に戻ってるような気がした。

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ここからまた四半世紀になると、もう生きてる人のほうが少なくなってるだろうから(笑) こんな機会は二度とないと思うけど、自分の25年前を振り返らせてくれた貴重な1日に感謝してるのです。

また今日から、自分のフィールドで、コツコツと一つずつ積み上げていこうと思ってます。

 

 

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