復興【もとの盛んな状態に返ること】

約7ヶ月ぶりの石巻・女川は、前回とまた違う街になっていた。
復興のスピードは、以前よりも進んでいるようにも見えるが、人間に必要な衣食住で言えば”住”や 街としての体・態を成すことに重きをおいている様な気がする。

何度も通った道のりの、脇に広がる住宅地には、もう殆ど津波でヤラれた痕を残した家は無いが、海沿いには高い高い壁が立ち、海の色も潮の流れや波も全く見え無い。
日和大橋のテッペンから見える風景は、それはそれは無機質で、その風景が無言で津波の恐ろしさを語っているようにも見える。

 

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女川の病院(現・医療センター)の眼前に広がる風景は、あの頃とは全く異なり、より無機質で、今では どのくらいの高さの津波がこの町を襲ったのかさえ分からなくなっている。
かさ上げされた新しい地面から病院の駐車場までは あまり高さを感じなくなっているし、病院の裏手には新しい駅や綺麗な商店街が並ぶ。

日和山公園から見る風景も、以前とは少し変わった。
真正面に見えていたお寺が全く見えなくなり、その風景を遮っているのは復興住宅である。
当時、真っ黒に焼け焦げていた町には青々と草や樹が茂り、のどかな雰囲気を醸し出してはいるが、その向こうには、先に書いたような高い高い壁が、広く大きく続いている。

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人を”生かす”ために、町を”活かす”ことを放棄し、そして雨風をしのげる場所を多く造り、津波よりも低い防波堤を何億円もかけて造る。
それが、今もっとも必要なことなのだろうが、そうやって人間が知恵を捻って絞り出した答えが、本当に正しいのかどうかは誰にも分からない。

いや、その答えが出るような日が、二度とこないことを心から願う。

 

あの震災から5年と5ヶ月、
この街で会う人たちの心の復興は、まだずっとずっと先のことのような気がする。

 

 

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