がまだします!

家族同然の付き合いをさせて貰ってる心友と電話で話してた折、「震災で損壊した家から引っ越すことにしたが手が全然足り無い」と聞いた。
スケジュール帳を見る・・・・・よし、行けるかも!と、急遽 飛行機や宿泊の段取りをし、5日間を熊本で過ごしてきた。

翌日の早朝から作業がスタートしたのだけれど、地震で損壊した家屋は 雨のたびにバケツをひっくり返したような雨漏りをしていたらしく、床も畳もボロボロで 埃だらけ、おまけにダニまで大量発生していたものだから、すぐに両腕は赤い小さな斑点が数え切れ無いくらいできて痒みが止まらなくなった。
その上、初日から最終日までほぼ30度超えの毎日で、あまりの暑さに防塵マスクをしていると呼吸が苦しくて倒れそうになるくらい。汗は滝のように流れるし、耳元では蚊の羽音が絶えず鳴っている。
そして大量に積み込んだトラックを運転して産廃処理場まで何往復もしている間に日焼けで腕は真っ赤。連日12時間以上ずっと動きっぱなし、疲労感プリタツで宿舎に帰り、また朝になると現場に出かける、そんな毎日が帰京するまでずっと続いた。

作業開始から3日目の夕方、心友は ようやく新居でガスが使えるようになり、張り詰めていた緊張が少しだけ解れた。それまで毎日、ガスすらも使えない自宅で水風呂で体を洗う毎日だったことから考えると、大きな大きな進歩。
3LDKの一軒家から8帖のワンルームに引っ越すことにはなったけれど、それでもベッドで寝れて温かいシャワーも使える毎日が、どれだけ精神衛生上 良いことかというのは、現地を見ていない人にもご理解いただけると思う。
そんな状況の中でも 毎日 笑い続け、自分のことより他人のことを優先して取り組んでいたことに 心から尊敬の念を持った。

彼だけでなく、今回 熊本で会った多くの人たちから感じた熱量や前向きな気持ちからも、本当に多くのものを学ばせて貰いました。
ありがとう。

 

 

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帰京する数時間前、現在は立ち入り禁止区域に指定されている熊本城周辺に 特別に入らせていただいた。
テレビの画面で見てはいたが、実際に見ると、あの雄壮だった熊本城の天守閣や櫓・城壁が無残なまでに崩れ、しかし その状態にあっても必死に建っているように見えて切なくなった。
ある時期は、数ヶ月間 毎日のように行っていた熊本城や清正公を祀った加藤神社の思い出や 何もなかった頃の風景が浮かんできて、凝視できないほどだった。

突き抜けるような青い青い空と、損壊した熊本城の姿が、今でも目に焼き付いています。

 

 

今回の震災で大きな被害を受けた熊本、そして東日本大震災で甚大な被害を受けた女川町や石巻市など、これからも自分に出来ることで 長く関わり続けていきたいと思っています。

 

 

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